
大野城は古代の朝鮮式山城です。その中でも写真の石塁の一部、百間石垣は有名です。古代でありながら、これほどの石垣が築けたことが驚きです。あと、礎石や土塁らしきものがありますが、わかりずらいです。四王寺山全体が、砦のようなものなので結構歩きました。
もともと、白村江の戦いで敗れた際、大宰府防衛のために築かれました。近くに、高橋紹運公最後の地、岩屋城もあります。右の写真は岩屋城から撮影した大宰府政庁跡の写真です。大宰府が近いことがよくわかります。

福岡城には、天守が築かれなかったとの事(最近の研究では、建築説もあるそうです。幕府に遠慮したって話はどうなるの?)ですが、天守台が残っています。しかも、大・中・小と3つの天守台があり、回りの石垣の高さから想像しても、相当規模の大きな天守が築けると思います。まぁ、福岡城は、舞鶴公園内のみだけでなく、裁判所の辺り(城堀外壁の石垣が残っています)から大濠公園(外堀)辺りまで、城域との事ですので、さすが筑前52万石黒田氏の居城といったところでしょう。
櫓も少し残っていますが、やはり見所は石垣でしょう。あと天守台からの眺めも最高ですネ。


