
長宗我部氏最後の居城浦戸城は、現在その遺構はほとんど残っていません。城域には、国民宿舎桂浜荘や坂本竜馬記念館が建ち並び、天守台跡に祠があり、そこに説明板がありました。説明板よると、当時五間四方の三層天守が建っていたと思われる、との事です。(明治初期に書かれた書物らしいですが…)
立地的にも高知の名所桂浜にほど近いため、無残な城跡になっていますが、このエリアには、長宗我部氏の遺構が数多くあります。
・長宗我部元親初陣の像(写真右:四国を掴もうとしています。)
・若宮八幡宮
・一領具足供養の碑
・長宗我部元親公の墓
・長宗我部信親公の墓(雪蹊寺境内)
それぞれ微妙に離れていますので、車や自転車で廻ると良いと思います。マップのあるHPを見つけました。(ココ)一日かけてじっくり廻りたいところです。
ちなみに長宗我部盛親公の墓は、京都蓮光寺にあります。この地に無いのは残念です。

高知城は天守と共に本丸御殿が現存しており、かつ接続しているのには驚きました。他にも追手門・多聞櫓も現存しており、石垣の立派さ等見るべき所が多く、時間がどれだけあっても足りない気がします。(お盆の時期に行ったので、朝早くから天守に登城でき感激しました。)また、近くの土佐山内家宝物資料館も貴重な資料が展示されているので合わせて見学したいところです。
元々この地は大高坂山と呼ばれ、四国統一をした長宗我部元親公が築城しようとしましたが、水害に悩まされ断念しています。その後、近江長浜城⇒遠江掛川城と移転した山内一豊公により築城されました。移転の履歴を見ても、築城の技術レベルは、上方の方がやはり上だったのかなぁ。



