蟠龍戦記
自分の巡った城・城跡を紹介します。
備中石蟹山城
備中石蟹山城1
石蟹山城と書いて、『いしがやまじょう』と読みます。JR石蟹駅前の国道180号線を南下、高梁川沿いを東進し広瀬橋のところから集落へ入ります。道が新しくなったところに『石蟹山城→』と書かれた案内板があり、ここが登城口になります。

地元の方が整備されているのでしょう、登城道はきれいですし、堀切や土塁などの案内板も多く親切なお城です。武者走りを過ぎると主郭(写真)に到着します。なかなか広いです。見張台から町が覗けるようになっています。

帰りは、行き来た道を引き返したのですが、地元の方(帰りに話しかけられました。怪しかったのかな?)の話では、1周廻れるようになっているそうです。でも、そんな道あったかな?
備中角尾城
備中角尾城1
場所としては、鳶ヶ巣城の南西で、国道180号線が高梁川沿いに蛇行したところにあるショッピングセンターの東(googleマップでは三光寺と書かれた辺り)が登城口になります。舗装された道ではなく、山道に入るので舗装がなくなる道です。正直、わかりにくいです。自分は少しは離れたところに車を停めて歩きました。

この城、実は写真の石碑があるんですよね。そういう意味でも、ちょっとわかり難くてもチャレンジしてみました。山道を行くと、少しずつ登りますが、それほど急ではありません。朽ち果てた東屋や獣を捕らえる罠があって、そのあと行き止まりになり焦りました。引き返したりして、他に道がないか探していたら、右手(北)に目立たない道があり、そこを少し歩いたら写真の小さな石碑がありました。

一応、堀切らしき遺構もありましたが、それほど明確ではなかったように思います。最初、行き止まりになったところも、今思えば曲輪の一部だったように思われます。

苦労しましたが、1つの石碑によって救われたお城でした。
城をひとつ
北条氏の家臣、大藤一族を描いた小説です。6つの短編集のようになっており、それぞれ大藤一族が活躍します。

大藤氏は、『信長の野望シリーズ』に登場しないこともあり、正直知らない一族でした。「入込」と呼ばれるいわゆるスパイ活動を中心とした一族で、その駆け引きをうまく描いています。必ずしも成功するわけではなく、逆に相手の裏切りを見破れなかったりします。そんなところが良いですね。

北条氏の家臣なので、最後は滅びるのですが、なんかすがすがしい終わり方になっているのも、共感がもてました。
おんな城主直虎第25回『材木を抱いて飛べ』
いや~材木ネタ引っ張りますね。こんな伏線があったとは?
こんなぬるい感じは、まだまだ続きそうです。

直虎紀行は、塩止め関連で塩の道、身延道。もはや場所ですらない…。
備中鳶ヶ巣城
備中鳶ヶ巣城1
鳶ヶ巣城は、鳶ヶ巣山の山頂になり、新見高等学校の北にある道を東進すると、山頂まで車で行けます。ただ、案内板などが無いので、最初は誤って新見市公園墓地に到着してしまいました。修正して山頂へ。以前はテニスコートなどもあったようですが、時代の流れなのか、その場所にはソーラパネルが設置されていました。

電波塔がたくさんあるところが山頂とあったので、その辺りを撮影しました。土地も改変されたのでしょう、やはり遺構はありません。説明板もないだろうと思っていたのですが、階段を下りたところに写真の大きめの説明板を見つけました。写真右も電波塔ですが、なんとなく城壁っぽくしてくれたのでしょう。うれしい心遣いです。

説明板を見つけることができ、ラッキーでした。
備中塩山城
備中塩山城1
別名を『潮城』ともいいます。JR岩山駅のすぐ西、県道32号沿いに登城口が2ヶ所あります。1つは標柱と説明板が立つところ、もう1つが、『潮城跡 大手口』と書かれた石碑が立つところです。ただ、石碑側は、登城口がよくわからなかったので、自分は標柱側から登城しました。

登城道は、そこそこ整備されているのですが、矢印案内など一切なく、そのわりに分岐点が多く道に迷いかけました。何とか写真の石積みところに到着しました。この辺りになると、曲輪がよくわかります。ものすごい急斜面の一本道(大手道?)らしきものもありました。

説明板や標柱は新しく、今後も整備されていくとは思いますが、まず登城道に道案内を設置して頂きたいです。
裏関ヶ原
関ヶ原合戦に関する武将たちを集めた短編小説になります。その武将たちは、黒田如水佐竹義宣細川幽齋真田昌幸最上義光織田秀信です。

読んでいて気づいたのですが、この6人は、なんらかな関係で関ヶ原合戦に関わっていますが、本戦には参加してないんですね。(だから『裏関ヶ原』なのかな?)それもあってか、合戦時の話より、数年前にさかのぼってから話が始まります。あと、6人全員ではありませんが、石田三成登場します。しかもなかなか良い奴として登場します。

短編集なので読みやすく、それぞれにうまくまとめられており、面白かったです。
美作山王山城
美作山王山城1
山王山城は、別名を小原城ともいいます。場所は、美作市内にある大原神社の裏手(北側)の山になります。国道429号沿いに案内板があるのですが、そこには『小原城跡0.5km』とありました。

案内板通り行くと、麓を歩くことになりますが、神社の真裏の山を登ります。自分が行った時は、落ち葉が多く滑りやすかったです。最初は、この道で良いのか半信半疑で登りましたが、後半は階段が出てきてこの道でよかったと確信して登りました。

15分ほどで写真の石碑がある曲輪に到着しました。土塁で周囲が固められています。さらに登ることができ、そこから堀切や畝状竪堀を見ることも出来ました。説明板はないのですが、遺構が残っているので楽しめるお城です。
播磨草置城
播磨草置城1
生野方面から国道429号線を使って西進し、草置城の看板があるところを東進します。この道はちょっと狭く、さらに登っていきます。登りきったところが、草置城になります。

この城は、模擬天守が建ちます。しかもナゼか山頂ではなく中腹に建っています。説明板が模擬天守内部にありました。山頂へは、すぐに到着します。ここには、無料の双眼鏡がありました。見晴らしは良かったです。標柱も立っていましたが、何が書いてあるのかわかりませんでした。
島津の陣風 義久の深謀、義弘の胆力
島津氏の小説になりますが、関ヶ原合戦におけるいわゆる島津の退き口から本領安堵を勝ち取ったところまでを描いています。あえて期間を短くしていることで、より詳しく描かれているように思います。

登場人物も多く、島津氏はもちろんですが、敵対する徳川家康本多正信、島津攻めを準備する黒田如水加藤清正、大阪商人などなど。いろんな人物の思惑が描かれています。

個人的に思ったのは、島津義久の策(ネタバレになるで読んでね)がそれほど効果があったのか謎です。また、家康が島津攻めを中止したのも、なんか説得力に欠けるような…。前半の島津の退き口~薩摩への帰還が面白かったかな~