蟠龍戦記
自分の巡った城・城跡を紹介します。
越前杣山城
越前杣山城1
杣山城と書いて、『そまやまじょう』と読みます。この城は山城で、中腹まで車で行けるのですが、そこからでも登山並みに斜面を歩きます。登城道は、ハイキングルートとして整備されています。

20分ほど歩いたところで、曲輪のひとつ西御殿に到着します。ここからさらに30分弱登ります。途中、岩肌が見えるところ登りました。写真が本丸です。さすがにこれだけ登っただけあって見晴らしは良かったです。逆に遺構については、戦国時代ではなく南北朝時代のお城ということもあってなのか、それほど残っていませんでした。

山城ということもあって、麓に館があったらしく、二の城戸土塁・外濠跡が残っています。この近くに『史蹟 杣山城址』と書かれた立派な石碑もありました。

個人的には、とても苦労した印象の強いお城です。
長宗我部元親・盛親 四国一篇に切随へ、恣に威勢を振ふ
長宗我部本の集大成とも呼ぶべき1冊です。最新の研究を踏まえ、一次史料を忠実に一次史料にないところを二次史料参考にしながら、より史実に近づけようと心がけているのがわかります。そのため、久武親直の讒言説も否定的ですし、元親の後継者問題についても、吉良・津野氏の国人の力を弱めるため豊臣政権による中央集権体制に応えるためとしています。今まで無かったので、「なるほどなぁ~」と思いました。

ほかにも鉄砲を重視していたことや検地のレベルが高かったことなど知らなかった史実も多くありました。元親だけでなく盛親についても、しっかりページが割かれていることはありがたいです。

長宗我部ファン必見の書籍です。
越前小丸城
越前小丸城1
小丸城は、府中三人衆の一人佐々成政(他は前田利家不破光治)の居城でもありました。

府中三人衆の他の居城(府中城・龍門寺城)と違い、写真のように石垣か堀など遺構もよく残っており、なかなか見応えがあります。中世のお城らしく、自然石を利用した石垣でやや大きく感じました。平城なので苦労せず登城出来ますし、規模もさほど大きくなく、全体も見ることが出来ます。
越前龍門寺城
越前龍門寺城1
龍門寺城は名前の通り、現在の越前市内にある龍門寺にありました。もともと龍門寺があって、そこに築城されその後、同じ場所に再興されたそうです。この城は、府中三人衆の一人不破光治(他は前田利家佐々成政)の居城でもありました。

残念ながら遺構はほとんど残っておらず、土塁がわずかに残るぐらいです。写真の小さな石碑と説明板があるのはありがたいです。
越前新善光寺城
越前新善光寺城1
新善光寺城は現在、正覚寺になっています。なんだかややこしいですね。現地説明板によると、南北朝の動乱期に新善光寺跡へ築城されたのでこの名前が付き、廃城後の城跡に正覚寺が建立されたそうです。

遺構は写真の僅かに盛り上がった土塁の跡を留めるのみですが、石碑と説明板があります。それに何より府中城の移築門もあるので、一度に二度おいしいお城です。
越前府中城
越前府中城1
越前府中城は、越前市役所の周辺にあったらしく、市役所玄関前に『越府城跡』と書かれた石碑と説明板があるのみです。あまりに寂しいので、正覚寺にある移築された門を撮影しました。(写真)

府中城といえば、府中三人衆の一人前田利家(他は佐々成政不破光治)が居城としたお城としても知られています。確か大河ドラマ『利家とまつ~加賀百万石物語~』でも紹介されていたような…。
おんな城主直虎第11回『さらば愛しき人よ』
いや~今日は、見事な今川家の謀略でしたね。井伊家はすっかり騙されました。あんな策を考える武将は誰?もちろん、義元も雪斎も亡くなっているので、寿桂尼が考えたのか?恐れ入りました。

直虎紀行は、新野左馬助親矩ゆかりの地、左馬武神社。ところで、新野左馬助って誰?

そして来週は、ついに直虎登場です。
越前鯖江陣屋
越前鯖江陣屋1
鯖江陣屋は、江戸時代中期に成立した鯖江藩の陣屋です。陣屋ということもあって、遺構は残っておらず、鯖江市屋形町にある
屋形稲荷神社が陣屋の中心地だったようです。また、移築門が神社から南南東にある萬慶寺にあります。(写真)

遺構は少ないですが、家老の長屋があるなど、探せばいろいろあるようです。
越前吉江陣屋
越前吉江陣屋1
吉江陣屋を築いた吉江藩は、越前福井藩から独立し、再び福井藩に吸収合併されました。期間としては、一代30年ほどの短期間でした。

時代も江戸時代初期なので、遺構もほとんど残っておらず、鯖江市吉江町の県道252号線沿いに写真の石碑があるぐらいです。あと、ここから南に少し行ったところにある西光寺に移築門が現存しています。さすがに30年しか経っていないので再利用したのでしょう。
越前北ノ庄城
越前北ノ庄城1
北ノ庄城へは、かつて2回訪れています。まぁ、福井城の近くですからね。歩いても行ける距離です。現在は柴田神社になっています。遺構はほとんどありませんが、写真のように発掘された石垣の一部を保存したりしています。

1回目は、柴田勝家の像ぐらいで、なんだか寂しいところだな~と思っていましたが、2回目は、新しい説明板や石碑などが追加され、復元石垣などきれいに整備されていました。これも昨今のお城ブームのおかげなんでしょう。有り難い事です。